家で仕事をしたい 3人の事例
「着付け教室」をしようと決心した私に十人中十人が言った言葉・・・
「着物自体が廃れていっている今の時代に?誰が来るの??」
「こんなご時勢にお金を払ってまで行く?着付け教室に??」
私は京都が好きで何かと理由を付けては毎年何回か遊びに行く。
その京都でタクシーに乗ると運転手さんの3人に1人は、時には2人に1人は「かつては呉服関係」の人である。染め職人であったり、織り職人であったり、和装小物の関係者であったり、呉服屋さんであったり、今年は着物の金箔張りの職人であった人にも出会った。
それほどあの京都でさえ呉服の仕事では食べていけなくて転業せざるを得ないのが実情である。物凄い技術をもっている人が次々廃業し、転業に追いやられている呉服業界の先行きのなさを目の当たりにし、友人達が私の選択を憂えてくれるのも良く分かる。しかも呉服屋さんの更に末端の着付け教室である。
しかも無料の着付け教室がある時代でもある。
でも、着物が好き、和のものが好き、和文化や日本が大好き・・・私は生活の中で着物に触れていたい。日々老いていく先行きの限られた中、残りの人生一番心地良い仕事を楽しみたい。
「好きだけでやっていけるほど商売は甘くはないのよ!!」
「みすみす失敗する事が判っている様なことを始めるのは馬鹿よ!!」
雨霰とふり注ぐ友人達の優しくも一言の元に切って捨てる言葉に、躊躇もせずに反旗を翻し突き進んできたのはどうしてなのか・・それは自分でもよく分からない。
ただ皆が皆、反対したことが自分の中ではこれこそチャンスだと思ったような気もするし、自分の負けず嫌いの性格がむくむくと頭をもたげたような気もする。
しかし、其の時に「絶対に失敗できない。」と思ったことも事実。「それみたことか!!」と勝ち誇ったことを言われないために万全の態勢で取り掛かり、不安材料に一つ一つ手を打っていこうとしたことも紛れのない事実である。
最初に、そして最後に残ったのは、「何処でするか?」と言う問題。そして一朝一夕に人は来ないだろうという問題。
どこでしても家賃は掛かる。人が来なくても家賃は丸々払わなくてはいけない。
下手をすると改装費だけでとんでもない額になるかもしれない。
ふっと頭をよぎる・・「教室を閉じる時には改装費は丸々帰ってこないどころか元に戻すのに更にお金が掛かる」かも。
「自宅でやろう。自宅以外ない!!」
一番の安全策だと思った。
たとえ1人もこなくても家賃の心配はない。
たとえ廃業しても追い銭はない。
後ろ向きのマイナス志向だったといわれるかもしれないが、其の時は傷を深めないための最善の選択だと思った。
資金が限られている中、しかも五十代で老後のことも考えないといけない時に無茶はしたくなかった。皆の私を心配する忠告も心にしっかり響いていたから。
結局自宅のどの部屋かを当てるのではなくて取り壊す予定の納屋を改装して使うことになった。取り壊しの資金を改装資金にあて現在に至る。
自宅ではなくて何処かを借りて開いた教室であれば、現在のように「手堅く地道にコツコツと」などと悠長なことは言っていられず切り詰めた中でイライラしながらの毎日を送っていたに違いない。
軌道に乗せたいと思っていた創業三周年は来年十月である。
創業から駆け抜けてきた二年の歳月。
楽ではなかったけれどとても楽しかった。
何とかやっていけそうな気持ちでいる。
どんなに用意周到で臨んでもマニュアルだけでは自転車に乗れない。転んだり膝をすりむいたりしながら練習しないと上手にはならない。
少しのカーブや段差などで転ばないように・・・そしていつか急斜面やぬかるみでも上手にハンドル捌きができるようになりたいと思っている。
まず手始めとして、来年の今頃には、家賃として固定資産税の一か月分くらいは払えるまでになっていたいなあ・・・・。
きっかけは娘の小学校入学でした。
それまで保育所に預けていたので、最大8時までは仕事!そんな環境にいました。
核家族の我が家にとって、子どもの世話は私が一人で引き受けている状態。主人は当時出張などが重なり、ほとんど母子家庭。
小学生になる長女に、一人でお留守番させるのはとても心配。
他の家庭はどうしているのか?と聞いてみると「学童保育」に預けるという。
そこで、近所の学童保育に問い合わせてみたところ、「5時には学童は閉まってしまい、一人で帰宅させます」とのこと。
ただでさえ心配なのに、一人で5時に帰宅なんてとんでもない!
と、心配性の私は思ってしまったのです。
主人と話し合った結果、家に居ることに。でも、多少の収入も欲しい。
「そうだ、ネットショップをしてみよう!」
パソコンなら家にあるし、以前から友人がうちの娘のドレスをほめてくれた。
ドレスの仕入れは海外の友人に頼めばいい。できるかもしれない。
そんな軽い気持ちでHPを作り、公開するやいなや2週間で早速の受注のメールが入ってきました。
それから、徐々に商品数が増えていき、2階の部屋では収まりきらなくなった頃、息子の小学校入学。
これから大きくなる子ども達のために、部屋が必要、水周りも新しいものにしたい。そんな家に対しての欲が出てきました。
そしてもっと欲張って・・・・
「これだけのドレスを皆に見せないのは罪!」
とわけのわからない衝動から、主人を説得。リフォームの一環に店舗も入れてもらい、2007年7月「Kids Dress Shop furi-fuwa」が完成。
あまり予算をかけずに、従来あった場所を利用して店舗部分を作りました。
看板などは自分で作成。自分でお店を作っていく過程を楽しみながら、今に至っています。
Kids Dress Shop furi-fuwa ホームページへ
2001年、上の子が年長、下の子が3歳のとき、たまたまテレビで知った女性向けマーケティング会社に出会い、在宅で仕事を始めることになりました。広島に在住していた頃の話です。
当時の私は、子育てが少々辛くて、なにか社会と関わりたい!ともがいていたのです。(今から思えばもっと子どもと向き合うべきだったのかと反省もしていますが・・・)
在宅で仕事をはじめることになりましたが、最初はとにかく大変!
電話中に、子ども達の喧嘩が始まり電話どころではありません。
何とか仕事時間や勉強時間を確保するために、必死になっていたと思います。
私が実践したのは、朝時間。朝4時半ごろ起きて、家事を簡単に済ませみんなをおこす7時までの2時間。
誰にも邪魔されず仕事や勉強ができ、静かな自分の時間を過ごすことができます。
後は、子どもが幼稚園に行っている間に打ち合わせや仕事を済ませ、夕方から夜は家族との時間。
そうは言っても、自宅での仕事はONとOFFの切り分けが難しくなかなかうまくまわせませんでした。
また、フリーという働き方は常に自分が勉強していつでも「実践できる」ことが重要なのだと痛感しました。
会社員ではないので、分からないことを教えてもらうとか、研修とかがないので、常に自分から本やセミナーなどで勉強しなければならないのです。
大変なのは、どんな仕事も同じですね。
でも時間に縛られないというのは、嬉しい面もあります。
女性はどうしてもある一定の期間(子育てとか、介護とか)で、時間に縛られる働き方が難しい時期があると思うのです。
仕事はしたい!でも、時間に縛られる働き方は難しい。
そんな状況にいる女性は多いはず。
金沢に戻り、一旦会社員となった私自身が身にしみて感じたことです。
それならば、SOHOとしてお仕事をしている人と一緒に仕事をする道はないか?
広島の会社をお手本に、金沢にミニチュア版を立ち上げよう!そう思ったのが起業のきっかけです。
これからも、自宅でお仕事をしているSOHOさん(たとえばイラストレーターさんやライターさん)と一緒にいろんな活動を行っていきたいと思っています。
時間に縛られない働き方!と言いましたが、今はかなり時間に追われています。(汗)
女性のワークライフバランスを考慮した働き方ができる社会に近づけば良いな・・。
そんな夢を持ちながら、今日も自宅で仕事中です!
(左の写真は、2009年5月に行った自営業のための簡単自己PRツール「ブログ勉強会」の様子です。SOHO交流・支援なども行って行きたいと思っています)





